否定脳(旧観念)からの脱却
174409 社会不全とは?引きこもりを例にした気付き
 
555-666 ( 男 京都 ) 08/04/18 PM08 【印刷用へ
勉強会のメンバーでこの投稿について意見、疑問を出しあった。

「統合不全」について考えた時、
引きこもりを例にしての意見から気付きがあったので紹介する。

@本来人間は共認原理に則っているもの。

Aその原理に反する事をするには何かしら、その事象を肯定する(自己正当化する)観念が必要。→観念を創りだす。

B共認原理に反するため(他者との関わりを断つため)益々閉塞していく。

という悪循環の回路が形成されていることに気が付いた。確かに引きこもりに陥る人は自己正当化観念が強そうだ。


>●社会不全や統合不全は観念不全であり、答え(=構造観念)によってしか、解脱(解消)できない。

>注:統合不全の関係閉塞型は不全に強く囚われており、答え欠乏が強いが、答えがない(従って課題捨象もできない)という悪循環に陥る。

>社会不全は答え(=新しい認識)によってしか解消されない。つまり、社会不全を従来の解脱様式で捨象することは出来ない。24982

閉塞する社会を切開するのは、かつてのように親和充足・代償観念ではなく新認識=答えである。
 
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