収束不全:やりたいことが見つからない
172384 選択肢の数は多いほうがいいのか?少ないほうがいいのか?
 
佐々木尊一 ( 23 高知 会社員 ) 08/03/14 AM03 【印刷用へ
1.1970年代以降豊かになる
2.食に困らなくなる
  職業などの選択肢が増える  
3.本能に直撃する外圧がなくなったため必死に働かなくなる
という流れを理解することができた。
そこで、
選択肢がいっぱいあっても必死になることはできないのかという疑問が生じた。

人生には時間も体力も限られているため、必死になるには
選択肢の数を絞らないわけにはいかない。
必死になった(頑張って働いた)者が、それだけの恩恵を受ける
のが公平な社会なので、選択肢の数は絞って必死になったほうが競争者の中では優位に立てる。

では、活力のある社会になるには、選択肢の数は多いほうがいいのか?
選択肢は多いほうが、バラエティに富んだ社会になる。
選択肢を絞るか絞らないのかは個人の自由である。
 
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