アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争
171720 アメリカ軍産複合体の分析【核系】@:原爆投下の"因"となった「マンハッタン計画」
 
麻丘東出 ( 47 兵庫 環境コンサルタント ) 08/03/01 AM09 【印刷用へ
所謂、『軍産複合体』と呼ばれる国防総省(ペンタゴン)と密接に関係している国防産業は、アメリカの西部・南西部地域を基盤にして、【兵器系】【核系】【石油等エネルギー系】【建設系】の企業が絡み合って複合されている。

現在、地球温暖化問題から原子力発電が世界的に進められている。
そのなかで、
日本のメーカーを中心として原子炉メーカーの再編も進み、
東芝+米ウェスティングハウス(WH)
日立+米ゼネラル・エレクトリック(GE)
三菱重工+仏アレバ
世界の原子力産業は現在、この3グループに集約されてきている。(参照168339

アメリカ軍産複合体のなかの【核系】について、現在の原子力産業に至る分析をしている記事を紹介します。

萬万報 【補足】ボヘミアン・グローブとマンハッタン・プロジェクト
2003年09月07日(日) 萬晩報通信員 園田 義明
リンク  より引用
――――――――――――――――――――――――――――――――

『1941年(昭和16年)7月のキャンプでは、日本に対する経済封鎖の強化と、日本と戦っている重慶政府(中華民国)への"軍事支援"が語られ、一方、広島・長崎への原爆投下の"因"となった「マンハッタン計画」が議論されている。』
   
(「日本の錯覚 アメリカの誤解」 高橋正武著 P109より)

 このボヘミアン・グローブとマンハッタン・プロジェクトの関係は、クラブ・メンバーにとって誇りともなっており、しばしばメンバー自身の口から語られるようだ。しかし、その真相は明らかにされていない。

 マンハッタン・プロジェクトが発足したのが1942年8月、そしてその一ヶ月後の1942年9月13日と14日にボヘミアン・グローブのクラブハウスでマンハッタン・プロジェクトのミーティングが行われたことは、ボヘミアン・クラブ・ライブラリー・ノーツに記されている。
<中略>

 このメンバーの中でボヘミアン・クラブを積極的に活用したスパイダーマンはアーネスト・O・ローレンスである。ローレンスはミネソタ大学とシカゴ大学などに学び、1936年からカリフォルニア大学のバークレー校のラディエーション・ラボラトリーの所長を務め、電子核研究のための装置としてサイクロトロンの理論を提出、そして1932年にその装置を完成した。1939年にはノーベル物理学賞を受賞する。

 第二次世界大戦が始まると、ローレンスは原子爆弾の研究に従事し、大型電磁石を用いてウラン?238から原子爆弾に用いるウラン?235を分離して原子爆弾の製造に貢献した。

 ボヘミアン・グローブの名簿で興味深い点は、マンハッタン・プロジェクトの科学者組織では最高の権威を持っていた4名から成る政府の科学者顧問委員会のエンリコ・フェルミを除く3名(ローレンス、オッペンハイマー、コンプトン)が顔を揃えている点であろう。

 また戦後も米国の核開発を支えたローレンス・リヴァモア研究所の共同創設者ローレンス(もうひとりの創設者はエドワード・テラー)とロス・アラモス研究所の初代所長J・ロバート・オッペンハイマー(原爆の父)のふたりの組み合わせも注目される。

 ヴァネヴァー・ブッシュ国防調査委員会(NRDC)委員長、ヘンリー・ウォレス副大統領、ヘンリー・スティムソン戦争省長官等で構成された最高政策グループ(トップ・ポリシー・グループ)のメンバーであったジェームス・B・コナントが出席している点からもこのミーティングの重要性が理解できる。

 陸軍からはケネス・D・ニコルス陸軍中佐の名が記されているが、ニコルスは、レスリー・R・グローブスの側近中の側近であり、後に原子力エネルギー委員会(AEC)のゼネラル・マネージャーに抜擢された人物である。

 産業界からはスタンダード・オイル・ニュージャージー(その後エクソン?エクソン・モービル)の社長であったイーガー・V・マーフリーが参加しているが、マーフリーは遠心分離装置の発展とエンジニアリング問題を担当しておりローレンスと緊密に連絡を取り合っていたようだ。

 1927年にコンプトン効果でノーベル物理学賞を受賞したアーサー・H・コンプトンはゼネラル・エレクトリック(GE)のコンサルタントを勤めていたが、ローレンスもGEのコンサルタントやモンサントの取締役を務め、ヴァネヴァー・ブッシュもGE出身である。

 核ビジネスの可能性にかける男達の想いは、この時すでにライマン・ブリッグス商務省標準局(NBS)局長が加わっている点からも推しはかることができる。


 当時の財界奥の院(インナー・サークル)の中心人物"エレクトリック・チャーリー"ことチャールズ・E・ウィルソンGE社長は、1942年9月にワシントンに呼び出され戦時生産局(WPB)の副長官に起用される。

従って、この時のボヘミアン・グローブでのミーティングの影の主催者はGEである。
 
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