共同体社会の実現
170717 捏造された「必要」ももう限界
 
新川啓一 ( 48 神奈川 建築家 ) 08/02/11 PM11 【印刷用へ
>つまり、『必要か否か』という最基底の、それゆえ真っ当でシンプルな『判断の土俵』(=新しい演場の基礎)が出来てくると、国家も市場も全面的にその土俵の上に乗らざるを得なくなり(∵逃げ道はない)、そこでの評価指標=身分やお金は『現実に必要か否か』を表わすモノサシに変質せざるを得なくなる。


「必要か否かの判断の土俵」は、物的豊かさという目標溶解によって再生されつつある。

市場の観点からすれば、「必要か否か」という判断軸の広がりは致命的であり、何としても「必要」と思わせなければならないことになる。

もはや、人々が物的豊かさを求めては物を買わなくなった現在、それに替わる市場を何としても作り出そうとする足掻きの一つが、人々の社会収束に応えるかのように見せかける、環境配慮やリサイクルなどを売りとした商品群への転換誘導、あらゆる業界や国家を挙げてのキャンペーンだろう。

しかし実態は、現在起きている環境問題の根本原因が市場延命にあり、捏造された「必要」に踊らされているだけであることは透けて見えつつある。

最近の事例では、リサイクル商品(紙やプラスチック製品など)が実はリサイクル原料を(表示%まで)使用していなかった事例など、結局利益優先の捏造市場であることを象徴している。

国家やマスコミの「必要」に踊らされることなく、事実を追求し「必要か否か」をみんなで考え始めた時、本当に市場は、人数を最先端の評価指標とする「新しい演場=社会統合サイト」に呑み込まれて行くのだと実感できる。
 
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