共同体社会の実現
170697 「必要か否か」の判断で今問われる最大の対象は、マスコミ
 
酒井俊弘 ( 42 千葉 会社員 ) 08/02/11 PM03 【印刷用へ
>『必要か否か』という最基底の、それゆえ真っ当でシンプルな『判断の土俵』(=新しい演場の基礎)が出来てくると、国家も市場も全面的にその土俵の上に乗らざるを得なくなり(∵逃げ道はない)、そこでの評価指標=身分やお金は『現実に必要か否か』を表わすモノサシに変質せざるを得なくなる。33995

が、なかなかシンプルな『判断の土俵』(=新しい演場の基礎)が生まれないように感じます。私権の強制圧力が衰弱したにも関らず何故なのか?マスコミが共認を牛耳っているからだと思います。

普通の人の意識から見ると、
自己中は人類の敵という規範等が共認されれば土俵は自然に出来ますが、現在は滋賀県知事選挙での「もったいない」等の本源規範に国民が気付きはじめると、マスコミは商業(私権)ベースに摩り替えて本源規範の醸成に竿しています。

次に最近のマスコミの有り様から見ると、異常なまでに繰り返して企業の不祥事を叩く報道になっています。確かに不正=集団規範の破壊はまずいですが、何故、不正がこれ程多いのか?という本質の問題には答えていません。これは集団規範の破壊という社会問題の垂れ流しで、マスコミ発の社会不全の増大といえます。

本源規範の醸成を骨抜きにした上で、社会不全のみ募らせているのが今のマスコミでしょう。これはアクセルを踏みつつ、ブレーキを踏み続ける異常な構造です。その意味で今一番問われる必要か否かの対象は、マスコミと思います。
 
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