共認心理学:現代の精神病理
169521 自己中という判断には、「評価」と「押し付け」の2つがある!
 
汚れなき男 ( 27 神奈川 会社員 ) 08/01/23 AM11 【印刷用へ
みんなの評価(ここで言えば自己中だという評価)は、共同体(集団社会)における課題、役割が成立して、初めて成立するものです。

具体的にイメージするために学校を事例に考えて見ましょう。最近の学校は個性偏重の影響を受けて『共同体=共通の課題に向かう集団』からは程遠い存在となってしまいましたが、体育祭、文化祭などの行事ではまだ共通課題を設定することができる場面もあります。

例えば、文化祭でクラスの出し物を決めたとします。これは、ひとつの共通の課題ができた状態と言えます。この決定までにはいろいろあったとしても、最終的に決まったものに対して、「俺そんならやらねぇよ」と言ってしまう子は、明らかに自己中です。周りが「いい」と認めた方向性に対して自分の意にそぐわないからやらないという理論は集団社会では成立し得ません。でも、同じ状況でも、やりたくないと感じていたとしても、決まったからにはそれを頑張ろうと思える子もいます。この子は、課題を直視し、それに適応する意思を持てる子です。つまり切り替えができるということ。言い換えれば、状況にあわせて行動が出来るというわけです。こういう子は所謂CKY(空気が読める子)と言われる子です。

ここでこの2タイプの子に言えるのは、「状況に応じてどう対応したか」という点です。つまり周りの期待を受信することができたか否か、にかかっています。この受信の感度こそが、自己中でそうでないかの分かれ目になっています。

また、ここでもうひとつ重要なポイントは、この場面では共同体(クラス)における共通課題(文化祭を成功させること)が存在しているということです。これが想定されているからこそ、課題に取り組むための目的が出来上がり、それに対してどんな役割を担えたか、そしてその結果どうだったかという評価につながります。ここではじめて評価が成立します。

逆の言い方をすれば、課題がない状況では自己中かそうでないかの評価など出来ないということが言えるのです。つまり、SSSさんの投稿による自己中という”評価”とは、性質を異にするものなのです。

そこで、SSSさんの疑問に答えるには最近の学校というものに焦点をあてることが重要となります。

今現在、学校を取り巻く問題として挙げられていることのひとつに、先にも書きましたが、共同体としての崩壊(学級崩壊など)が挙げられます。これは新聞やマスコミでもよくとりあげられていてご存知かもしれませんが、この現象は「何が正しいことなのか」わからないことから生じている現象なのです。また、もうひとつ問題なのは、しっかりとした評価を下せる人材(答えを示せる人)がいないということです。つまり、かつては親や先生、共同体の大人達が担っていた役割が完全に消失していることが原因となっています。つまり、大人たちでさえ「何が正しいことなのか」の判断軸を失っている状況に陥っているのです。こんな状況下では、子供たちに目標や課題を持てと言われても無理というものです。そのため、子供たちは、とにかく今の状況に不安を感じてしまいます。ですから、それを安心させるために仲間への収束(親和共認)を強めていきます。現代の子供たちが仲間収束を強めている原因がここにあるわけです。

つまり、個人偏重で自己中がまかり通ってしまうような学校では、もはや共通課題というものは消滅し、共同体とは到底言えない状況となってしまったわけです。というのも共同体には、必ず調和、「みんなが仲間なんだ」という環境が重要となります。しかし、現代の状況を見る限りでは、限られた仲間空間に逃げ込んで他者を否定することや、受験戦争など友達を敵に見立てることなど「みんな意識、みんな活力」が衰弱してしまいました。これこそ「自分さえ良ければいい」という、個性教育(自我教育)の弊害です。

現在、学校にあるものは、見せ掛けの仲間空間の寄せ集めでしかありません。これは、親和共認できた者だけが独立集団を形成する空間(気が合うものだけで戯れる空間)となっています。この集団の怖いのは、その集団で劣化共認が成立してしまうことです。つまり、力がある、発言力があるグループが主導権を握ってしまうと、数で劣る集団がそれに追随する形となってしまうという評価形成ができてしまうということです。ここでは便宜上ここで形成されたものも評価と呼びましたが、これは力の原理でできた押し付けでしかなく、(みんなの)評価というものとは異なります。これこそがおそらくイジメの原理につながり、そして

SSSさんの言う「え?なにあいつだるいことしてんの?自己中だよねの。」169433の自己中という言葉にもつながるわけです。
 
  List
  この記事は 169314 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_169521
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
171455 課題があるから期待もできる!応えられる!⇒期待したい!応えたい! 08/02/24 PM08
171453 課題なきまま集められる「学校」というイビツな空間 チーズカレー 08/02/24 PM07
169869 発信の場と構造化能力 御座候 08/01/28 PM10

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp