公募で決まる日本漢字能力検定協会による2007年の漢字が「偽」という字になったとの報道には、納得しながらもいい気がしなかった人が多いだろうと思う。
しかし、これも考えてみれば次の段階へと進む一歩とも捉えられそうだ。
今年、これだけ「偽」に関連するような報道が相次いだ背景に国民の事実を知りたいという意識が存在することに議論の余地はないだろう。つまり、以前から誰もが薄々感じていながらもごまかし続けてきた、若しくは隠蔽されてきた事実が、国民の事実収束潮流によって少しずつ白日の下に晒され始めたということだ。その意味では可能性への流れとして捉えることもできるだろう。
しかし、それらの実現にはまだ足りない。可能性の実現を阻む、未だ残されている大きな「偽」として、(権力者→)マスコミによる世論誘導、捏造報道を始めとする世論支配がある。
確かに今年、マスコミは多くの「偽」を報道した。しかしそれらの報道がなされた背景を考えると、大きく次のふたつの要因に拠るのではないだろうか。
ひとつは国民の事実収束へ向かう意識、行動に動かされて(仕方なく)報道したという流れ。この面では決してマスコミが事実を明らかにする方向に主体的に向かっていったわけではない。
もうひとつは権力者の利権争い、金儲けのための布石として世論誘導を図ったという流れだ。
そして、後者の方がより大きな要因であろうと思われる。
その証拠に、現在明らかにされつつある本質的と思われる「偽」の多くはマスコミよりも事実追及という点において遥かに先をいっているブログetc.によって事前に明らかにされていた事実の後追いである。また、るいネットでも非常に多くの指摘がなされているように、マスコミ報道には本質問題を隠蔽し、(意図的に)目先的な現象のみ報道しているようなものが目立つ。実際、典型的な事例としてはアメリカからの年次改革要望書の内容やその日本政府の政策との関連性、大企業の不祥事etc.のように、マスコミを支配している権力者にとって都合の悪い情報についてはまるで腫れ物にでも触るかのように、ほとんど報道しようとはしない。
また、事実を知ろうと様々なことを調べ、社会について真剣に考えている人ほどマスコミ離れ、マスコミ不信が強いという傾向が明確に存在するのもその傍証だろう。
かつてのような私権原理による社会統合が不可能になり、人々の意識=世論が最大の力を持つようになった現在、マスコミ(=権力者)の都合のいいように世論が作られているという事態は上記のような可能性の実現を阻む、忌々しき問題である。
しかし、川井さんが仰るように、確実に反マスコミ潮流は高まっている。その流れを受け、2008年こそ、マスコミの「偽」が情報操作を超え、世論となっていくであろうと思う。 |
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