それに対して日本とアメリカはどうか?
国 日本 アメリカ
2000年 実態削減値 <+13%> <+15%>
1997年京都議定書時点目標値 〔-6%〕 〔 -7% 〕
今後求められるの削減値 19% 22%
ということになる。
オイルショック以来20年の歳月をかけ、ギリギリまで省エネを追及してきた日本では、さらに19%の削減はまず不可能である。そうすると、生産を縮小するか、お金で排出権を買うか、まやかしのCDMなどの手法で途上国に公害を輸出するしかなくなる。
他方、アメリカでは京都議定書(1997年12月)の前の1997年7月に、ハード=ヘーゲル決議で『アメリカ経済に深刻な影響を与えるような条約、発展途上国による地球温暖化防止への本格的参加と合意が含まれない条約には批准しない。』という議案が全会一致という圧倒的支持のもとに議決されていた。
よって、京都議定書の削減値の協議は、アメリカにとって最初からどうでもいいものであり、一旦京都会議で7%の削減目標が採択されても、この議決通りに批准しなかった。批准すれば、アメリカと日本だけが身銭を切ることになる条約であるという、同じ穴の狢であるEUの騙しのテクニックは十分承知していたからであろう。
そして、世界で日本だけが実質達成不可能で、身銭を切ることになる条約を批准した。官僚・学者・マスコミ・環境団体の表層観念組みフルキャストで、EU・米に加担し日本を陥れたのである。それも、あたかも社会のためになる様な幻想を抱かせて。
ここで、環境問題の本質から考えると、前述の生産を縮小するという方法は、きわめて真っ当だ。しかし、日本もその他国家も、市場拡大第一主義(=過剰消費は捨てられない)から抜け出していない。
そして、相変わらず『持続可能な開発』というまやかしの言葉の下に、実態は現状の消費レベルを反省することもなく、言葉だけは『環境を守ろう』といっているのである。
このように、過剰消費を反省しない持続可能な開発という言葉は欺瞞なのだ。このような言葉を信奉して、環境運動を行っている限り問題は解決しない。今求められているのは、誰にでもわかる、構造的な事実なのだ。
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