地球温暖化っていつから「問題」になったのか?
調べた限りで一番古いのは1889年、スウェーデンのスバンテ・アレニウスという科学者が、二酸化炭素が気温上昇の原因になると予測した。その後も宮沢賢治の小説『グスコーブドリの伝記』(1932年)で火山の噴火がもたらすCO2の温室効果によって冷害から農民を守ろうとする主人公の姿が描かれていたり、CO2の温室効果は割合単純な理論なので研究者の間ではかなり前からひとつの有力な説だったのだろう。
国際社会では1972年国連人間環境会議(スウェーデン)、1979年第1回世界気候会議(ジュネーブ)で気候変動が取り上げられている。世界的なエポックメーキングとなったローマクラブの『成長の限界』(1972年)が強く影響していると思われる。
「環境問題→人類の危機」として取り上げられるようになったきっかけは、1981年にNASAの大気学者ジェームズ・ハンセンらが雑誌「サイエンス」に発表した論文『増大する大気2酸化炭素の気象への影響』で、ハンセンは「次の世紀(21世紀)に予想される地球温暖化はほとんど前例のない規模のもので、エネルギー消費の伸びを低下させ、化石燃料と非化石燃料の併用を進めても、最大2 .5度Cの温度上昇が見込まれる――これは恐竜が生きた中生代の暖かさに近づくほどのものである。この温暖化によって南極の氷が溶け、その結果海面が上昇して世界の多くの都市が水没し、内陸部は砂漠化するおそれがある」(『地球温暖化は本当か?』より引用)
と警告した。
発表当初はほとんど注目されなかったが、1985年のフィラハ会議、1987年ベラジオ会議を経て機運が高まり、ハンセンは1988年6月28日上院エネルギー委員会で証言した。
「99%の確率で観測されている気温と人間が大気中に排出する温室効果ガス(CO2)の間には強い因果関係が存在するのです」
「CO2の増加と気温の上昇は、確実に原因と結果の関係にあり、人類の経済活動が大気を温暖化させて、人類と自然を破滅に追い込んでいる。だから地球環境の安全を保つには経済活動を思い切って抑止させなくてはならない」
この証言は翌日のニューヨークタイムズのトップ記事となり、マスコミに大きく取り上げられ、地球温暖化問題が大きな社会問題として扱われるきっかけとなった。
この年、40数カ国から300人以上の研究者が参加したカナダのトロント会議で二酸化炭素の削減が提案され、11月にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発足する。
そしてCO2主犯による地球温暖化を止め、環境の安全を保つために経済活動も、生活も抑制せざるを得ない、つまり電力の消費、ガソリンの消費などを抑制しなければならないというのが、すっかり世界の定説となった。
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