環境破壊
161137 「目先ではなく事実追求、自分ではなくみんな」という認識
 
安藤太地 ( 28 埼玉 会社員 ) 07/09/12 PM10 【印刷用へ
江戸時代のリサイクル社会(158527)と現代のペットボトルのリサイクル(152250)やマイバック(152295)との違いを考えてみると、現代の環境問題の問題性が見えてくる。


江戸時代のリサイクル社会とは、まさに村落共同体を取り巻く環境を見つめ、何を循環していくべきかということに徹底的な事実追求がなされているように思う(資源が無駄なく循環されている)。
加えて、その循環サイクルを維持させるためには、大人も子供もみんなが供給者としての役割を担っている。

一方で、現代のエコ活動はどうだろうか?ペットボトルにせよ、マイバックにせよ、その目的や有効性を顧みることなく、目先の活動に終始している。加えて、その活動も個人の趣味や志といった不確かな動機(背後には市場の延命政策がある)で成されているため、ネットワーク化もままならない。


>もともとこの社会(市場社会)は、近代思想(恋愛・自由・個人・人権etc)に導かれて成長してきた。その同じ思想に立脚して、体制を転換させることなど出来る訳がない。にも拘らず、(新しい思想を構築しようとはしないで)「運動」を存続させようとすれば、身近で具体的な運動目標を結集軸にするしかなく、(もともとが体制と同じ思想に立脚しているので)身近な運動目標に埋没すればするほど体制に絡め取られて、体制の補完物になってゆく(9050)。


人々の環境問題に対する危機感、問題意識は着実に高まっている。だからこそ、重要な認識は「目先の行動⇒事実追求」そして「自分⇒みんな」。

みんなで事実追求に向かい、環境問題の根本原因にとことん迫ることである。
 
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