日本人の起源(縄文・弥生・大和)
15154 三内丸山の大規模化は同類闘争に備えるためではないか?@
 
北村浩司 ( 壮年 滋賀 広報 ) 01/11/01 PM10 【印刷用へ
三内丸山は最大時で500名の人員がいたようである。

これは自然増の結果と見る見方もあり得なくはない。しかし説明がつきにくいのは、後背地に豊かな栗林を抱えている、にもかかわらず村全体は海に向っている、と言う事である。
しかも彼らは巨大な矢倉を立て、かつ海に向って比較的広い道を作っていた。
これは海の幸の収穫のためだろうか?かつその道沿いには、通常は境界を(ムラの端)示すスト‐ンヘンジが作られている。

ここであくまで仮説であるが一つの見方を提示したい。
三内丸山のこれらの史跡や規模が示すものは、北海道南岸に面する異部族(例えば、原コーカソイド系といわれているアイヌ。これはすでに略奪闘争を経験している)に対する、同類闘争に備えるためのものではなかったのだろうか?

一つの理由はその規模にある。通常は500名の集団を維持しようとすれば、集団の多段階編成が組織論的に必要になる。つまり指導層(中枢分化)が必要になる。かつ小規模集団に比べて、統合上色々面倒な手段が必要になってくる。つまりある意味で一体化を損ないかつ「余計な」仕事が増えてくる。

誰も好き好んでそんな道を選ぶとは考えにくい。それを敢えて行ったと言う事は、その絶対的必要性があったからとしか考えられない。

その絶対的必要とは=同類闘争である。同類闘争に備えようとすれば、あるいは対抗しようとすれば、必然的に規模の拡大or連合が必要になってくる。あるいは指導層や戦闘部隊が必要になってくる。

そう考えれば、彼らが海に向っていた事も、矢倉=敵に対する監視塔の存在も、海への道路=部隊移動のため、も一定説明がつく。
 
  List
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_15154
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
183530 アイヌの起源再考 ゲン 08/08/18 PM10
155015 三内丸山は平穏な村落であったのでは マー 07/06/22 PM11
149791 三内丸山での生活で同類闘争はあったのか 匿名希望 07/04/20 AM07
15409 縄文時代の同類緊張圧力 細田卓司 01/11/06 AM00

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

「合同板」必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
現代の神官=社会統合階級の欺瞞
個人主義者の詭弁 個人と自我
個人主義の責任捨象と言い逃れ
共認回路と自我回路
規範意識の形成の土台は? 
力の論理と共認機能
自我の源泉は、共認の部分否定にある
序列闘争は、共認されている
自我ではなく、共認こそ原点である
自我とは?(フロイトとラカン)
規範回路と観念回路の断層
我思う、故に我あり
漱石をねじ曲げる「奴隷」たちへ
「自我=エゴ」を制御するもの
相手尊重の意識の原点は?
歴史無視の表層的個人主義はウンザリ
共認充足がなければ生きられない
共認回路の特殊性
共認回路は個体境界を越えて情報を統合する
「自分らしさ」を理解できない人々
「心の豊かさ」に感じる胡散臭さ
規範の形成を阻んでいるもの
自己実現の「非」実現性
自我回路より共認回路の方が充足できる
“自我心理学”から“共認心理学”へ
あらゆる圧力を排除する個人主義
人類の本性は共同性にあるA
原始時代に自己中はいなかった
全体主義を生み出した犯人は、自己中
潮流1:共認原理と私権原理
私権時代から共認時代への大転換

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp