アメリカ→官邸→マスコミによる支配
150848 洞窟と死肉あさりについて
 
岡本誠 ( 53 兵庫 経営管理 ) 07/05/03 PM03 【印刷用へ
>・投稿には初期の人類の生活について「住んだ場所は〜洞窟〜」「食料は骨の髄・頭蓋骨の脳味噌・コケ・虫・木の根など」「生きている動物は絶対に食べないということです」などという内容のものがあるが、初期の人類は洞窟以外でも暮らしていたし、死肉だけを食べていたわけではない。(150312

まず初期の人類の「住んだ場所は〜洞窟〜」について。
人類500万年の歴史のうち大部分を洞窟に隠れ住んでいたのは、人類化石の発掘調査から明らかです。

人類のゆりかご、人類発祥の地とも呼ばれる南アフリカ北東部のスタークフォンテン渓谷と周辺地域からは、多数の人類化石が発見されているが、ここは石灰岩の洞窟地帯です。アウストラロピテクス・アフリカヌスの頭蓋骨など450万〜250万年前の人類化石や330万年前に人類が居住していた洞窟、石や骨でできた道具が多数発掘されています。180万〜100万年前のものと思われる火を使用した痕跡も見つかっています。

人類遺跡の宝庫とされている東アフリカの大地溝帯からも、数百万年前の最古の人類アウストラロピテクスから数万年前のより進化した人類まで多数の化石人類が発掘されているが、ここは渓谷の断崖から発見されており、必ずしも洞窟の跡をとどめていません。しかし、火山地帯であることから地形の変形は十分考えられます。

何より、この大地溝帯の北端にあたるアフリンの谷一帯で、約4万年以上の古さを示すネアンデルタール人の洞窟遺跡が7ヶ所、4〜1万年前の後期旧石器時代人の洞窟遺跡が2ヶ所、約1万年前の中石器時代の洞窟遺跡が1ヶ所発見されていることから、移動もとである大地溝帯にいたそれ以前の人類が洞窟に住んでいたと想定することは、論理的に整合します。

しかも、このような洞窟地帯には連綿と人類が住みつき、中でも有名なイスラエルのタブン洞窟は、ホモ・エレクタスからネアンデルタール人まで数十万年にわたって利用されたことがわかっています。人類が隠れ住むのに最適な洞窟がいかに死命を決する砦だったかがわかると思います。

その他洞窟遺跡の事例は上げればキリがありませんが、そうでない事例もあります。例えばジャワ原人は洞窟ではなく、ケンデン丘陵周辺域とソロ川地域で発見されており、人類最古と騒がれている約700万年前の猿人は、アフリカ中部のチャド湖の湖岸付近で発見されています。しかし、このことが洞窟以外に住んでいたことにはなりません。河川の氾濫で流されたり、密猟途中で外敵に殺傷された等の可能性があるからです。

重要なのは、2万〜1万5000年前頃においてさえ洞窟に隠れ住んでいたという大量の遺跡事実です。この確かな事実から出発すれば(加えてそれ以前の洞窟遺跡の多さから)、それまでの劣る知識や道具では到底地上に出て移り住むことなどできないと考えるのは妥当ではないでしょうか。因みに、地上に移り住むことが可能になったのは、1万5000年前頃の弓矢の発明によって、外敵から防衛することが可能になったからです。

続いて、「食料は骨の髄・頭蓋骨の脳味噌・コケ・虫・木の根など」「生きている動物は絶対に食べないということです」に対して、「死肉だけを食べていたわけではない」との反論ですが、どの時代を想定しているのかの前提なしでは事実追求にならないのではないでしょうか。

子供の驚きは、人類の祖先がいかに絶望的な状況を生き抜いてきたかを知った驚きで、明らかに人類誕生以来の初期数百万年のことを思いやっていると考えられます。この時代を生き抜いてくれたからこそ、今の自分がいられるという感謝の念を伝えたいのだと思います。

ところで、生きている動物が食べられるようになる、つまり洞窟から出陣して狩猟をするようになる時期ですが、170万年前の原人の段階からハンドアックス等の多様な石器や火を使って、死肉あさりと並んで行っていたとされています。ただ防衛が主目的で、本格的に狩猟目的に出て行ったのは、4〜2万年前に殺傷能力に優れる尖頭器(槍・銛)、投槍器、投石器等が開発されて以降と想定されます(最古の洞窟壁画は3万2000年前)。

子供の感動を踏みにじることのないよう、お願いしたいものです。
 
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