共同体社会の実現
149680 ニュートラルな『必要か否か』という真っ当な判断が全ての見直させる。
 
近藤文人 ( 43 東京 建築士 ) 07/04/18 PM08 【印刷用へ
「価値観の多様化」と言われて久しいが、就職するのも、仕事を選ぶのも、社会活動をするのも、結婚するもの、学校に入学するのも、買い物をするのも、私たちが日常、活動するための価値観が分散・多様化する時代がかつてあった。自己決定も自己責任は、そうした価値観が見えないことから、それらの判断を保留にして、個人に押し付けた結果の産物である。現在もそうかもしれないが、「価値観の多様化」は、「人それぞれ」という判断を生み、「自己中心的価値観」を生んできた。分散・解体の方向である。それに便乗して、現実を捨象してニートや引きこもる若者も多い。
 
 しかし、逆に見れば、「価値観の多様化」とは、日本中、豊かになって、お金を稼ぐために仕事をせざるを得ないいう強制的な圧力が衰弱して、まず、自分に対して「必要か否か?」という判断を己自身に突きつけたといえるのではないだろうか?個人レベルで、何が必要か?私にとって何がいるのか?いらないのか?という価値観が、答えのない世の中に蔓延していったように思う。

 しかし、個人にとって必要かどうか?という判断では、何が必要か否か?という答えには、永遠とたどり着かない。その不安や不満が、さらに社会の機能不全を起こし、いまや、その判断では、限界を超えている。

 この限界を超えた社会の機能不全と適応できないという不安、答えのない社会の暴走が、私たちに、みんな=社会にとって『必要か否か』という真っ当な判断に導いている。全ての事象や認識や判断をニュートラルに同じレベルにおく、この判断からは、何もかも見直されることになり、次代の可能性提示競争=認識闘争にて諸所の判断・認識が秩序化され、淘汰され、統合されていく時代へと移行していくのだと思う。
 
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