共同体社会の実現
148511 法律も万人の手で作られるべきだ
 
磯貝朋広 ( 34 奈良 技術者 ) 07/04/01 PM08 【印刷用へ
教育基本法改正、道路交通法改正、建築基準法改正・・・・
「法律改正」という言葉をよく耳にするが、これは氷山の一角だ。

今日、友人から、
「とある省庁に勤める官僚から聞いた話では、その省庁で年間約150本もの改正法案を成立させている。」
という話を聞いた。どうやら、その中身はさておき、「改正法案をたくさん作り出す」ことにも意味があるらしい。

正直、衝撃を受けた。
私たちの知らないところで、その中身もわからない法律が、こんな発想で作られているのだ。

「情報は開示されており、調べない人が悪い」
「自ら選出した人達による国会で最終決定されている」

と反論されるかもしれないが、そんな問題ではないと思う。

私たち普通の人は、生活するためにそれぞれが仕事を持ち、毎日一生懸命働いている。官僚や政治家が自らの利益や特権的身分を守る為に巧妙に仕組んだ法改正について、いちいち監視している暇などない。

現在の立法システム自体に問題があるのは明らかだ。

>あるいは、本来万人が担うべき社会の統合という課題に自分たちだけが高給をもらいながら関われる身分という意味で、特権的統合階級と呼んでも良いでしょう。(ちなみに、万人が社会統合という課題を担い得る可能性を秘めているのが、他ならぬこのインターネットなのです。)

特権的統合階級の横暴をこれ以上黙認することはできない。
可能性は見えてきている。
万人による社会統合機構を早く実現させねばならない、と改めて感じた。
 
  List
  この記事は 968 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_148511
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
自我ではなく、共認こそ原点である
自我とは?(フロイトとラカン)
個人主義<=>全体主義 と、利己主義<=>利他主義
現実否定の自己欺瞞
社会運動の自己欺瞞
市民という言葉の欺瞞
自然法、基本的人権とは何か−1
自然法、基本的人権とは何か−2
自然法、基本的人権とは何か−3
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
観念パラダイムの逆転1 現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ
観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
観念パラダイムの逆転3 現実とは、人々の意識である
「現実=自分自身」は事実認識(構造論)の核心部
新たなグランドセオリーとしての実現論1−グランドセオリーとは何か
新たなグランドセオリーとしての実現論2−傍観者、あるいは引きこもりとしてのアカデミズム
近代思想は宗教と同根
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
若者が実感できる『旧観念』
「何でだろう?」を封印してきた価値観念
同化に不可能視はいらない
相手の感情を前提にしたら『権利』など崩壊する

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp