共同体社会の実現
147803 真っ当な要否の判断は、適応欠乏が充足するか否かから。
 
近藤文人 ( 43 東京 建築士 ) 07/03/23 PM05 【印刷用へ
真っ当な『必要か否か』の判断とはなんだろうか?

 私たち人類は、共認機能が不全感を察知すると、解脱→解脱充足・不全捨象(期待・応合)→どうする→可能性探索→収束という解脱共認回路を糧に生存・進化して適応してきました。(実現論1_7_03

この不全感を揚棄するという構造上、解脱に流れやすい構造をもともと持っています。

>人類固有の物的欠乏も、涙と笑いも、芸術も、全てはこの解脱欠乏が生み出したものである。とにかく、人間がいかに強く解脱充足を必要とする動物であるかを、人類は深く自覚しておく必要がある。(実現論1_7_03

にあるように、解脱と闘争が結びついた「物的な充足=豊かさ共認」は強力な収束力をもって人々に認知されてきました。それは、人類本来の適応に対して必要か否かを捨象するほどのものだったと今から考えればそう思えます。

 今は、収束不全という圧力不在。どこに向かって収束したらいいかわからない不全に対しては、私権獲得も快美充足も、もっと奥の解脱充足も、答えにならない状況です。どう生きてゆくか?(=適応欠乏)が問われる、その答えを切望している状況での『必要か否か』の判断は、真っ当な判断に整除してくれると思います。

 適応欠乏から湧き出るものが、真っ当な『必要か否か』の判断を導いてくれるのではないだろうか?逆に言えば、真っ当な必要か否かの判断は、人類としての適応欠乏が充足するか?否か?の判断のもとに行われるものであると思いました。 
 
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