原始共同体社会
14565 贈与から交流、そして交易へと
 
田野健 HP ( 40 東京 監理 ) 01/10/26 AM00 【印刷用へ
>上記の理由より交易の可能性は極めて少ないと思われる。かつ上記の類推より当時の集団間の関係がおぼろげながら浮かび上がってくる。

 逆に先日のNHK番組が何を持って「交易説」を唱えているのか、その根拠が知りたい。何か明確な根拠があるのであろうか?


北村さんの仮説である交易でなく贈与ではという点、私も交易と言い切ってしまうととろが釈然としませんでしたので、充分に可能性のある仮説と思います。そこで下記に交易説が成立するとしたらという点で仮説を考えてみます。

三内丸山には東西方向からカーブして南北に幅12mの道路が整備されていた形跡があります。高さ15mの大型建築物を拠点に海に向かって続いています。現在確認されている範囲では長さ420m。縄文時代の当時は海岸線が(水位5m上昇)三内丸山のすぐ近くにあった可能性があり、その道路は海に繋がる道路という説が有力です。
又、その両肩に墓が連続的に並べてあり、それは「水上他界」という説もあるし、何らかの儀式が海辺で行なわれていた可能性もあります。

いずれにしてもこの道路の意味は広場というより大勢の人が同時に海辺に集合するための通路という考えは成り立ちます。当時栗を主食としていた三内丸山の民は漁労もしたでしょうが、これほどの道路を海産物の運搬のためだけに作ったというのは腑に落ちません。
であるなら、なんらかの海へ繋がる道路への彼らの世界観なり思想的な意図があったのではないでしょうか。それが交易に結びつくのは短絡的ですが、贈与という行為はある種受動的なものです。これだけの構造物を作り品物を受け入れたとしたらやはり交易というレベルまで最終的には到達していたというのが私の見方です。

もちろん、最初は贈与という形で黒曜石、ヒスイ、琥珀等が長い年月の間に方々から集まったのでしょうが、それで友好関係を得た三内の民は一歩発展した交流という方法で海を渡って各地に頻繁に出入りするようになったのではないでしょうか。

海から見通せた巨大高床建築の必要性、12mの道路の必要性の根拠もその交流〜一部交易へと発展する中で見えてくるのではないでしょうか。

もう1点は交易となるには交換という事がなければならないわけですが、必要という点ではやはり装飾品や埋葬時に使った壮美品の類でしょう。たしかに食うというレベルでは三内の民は十分自給を補って余りあるレベルに達していました。
しかし、交易の歴史は西洋にしてもしかり、最初は香辛料や装飾品といった非日常品から始まっています。三内丸山に交易があったとしたら、まず非日常品の必要性が縄文時代初めて登場したということでしょう。
交換の品としては栽培技術を持っていた栗が有力です。一説では三内丸山の外周林は最大2800人分の食料をカバーする栗林が植林されており、三内丸山の人口が500人とすれば残りを交易に回したという考え方もできるのではないでしょうか。

三内丸山は1500年続く中で、情報、人を集約する古代の地方都市としての機能を徐々に持っていったのではないでしょうか。その変遷の過程で最初は贈与だったのが交流、交易へと発展したのではないかと推察します。そこでは同時に緩やかではありますが階級の発生といった交易の付属物?の形跡も見られます。



 
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