共同体社会の実現
144093 必要か否かを考えると、問題の本質が見えてきそう!!
 
清水志保 ( 25 大分 会社員 ) 07/02/03 PM11 【印刷用へ
>この『必要か否か』という判断機能は、存在(本能・共認・観念)を貫く、極めて基底的な地平にある判断機能である。あるいは、全ての生物に備わっている不可欠の生存機能であると云っても良い。

確かに『必要か否か』の判断が出来なければ、生きて行けないと思う。例えば野生に生きる動物達は、どんな時もその判断をしながら壁を突破しているのではないだろうか?

私達人間は本能だけでなく、共認や観念の地平においてもこの判断をする事が出来る。それ故に「私権が第一」と共認されていた時代は良かったんだけど・・・

>自らの生活を思い返せば、なんと無駄の多いことか・・・必要か否かに照らしてみれば私財(といえるほどのものではないが)の八割方は不要なものばかり。 (137339)

私権が衰退した今、こんな風に感じる事も多々ある。私の周りにも、実際必要か否かと言われれば、無くても大丈夫な物は多いし…。

本当に『必要か否か』という判断基準の下で全員が考え始めたら、目先に流された様な政策や、とりあえずやっておくみたいな方針等も減ってくるのではないかと感じる。
さらに、「本当に必要としている物は何なのか?」という思考を自然と全員が始める様になると思う。

その考え方こそが、現代社会の抱える問題(環境破壊など)に切り口を入れるきっかけになるのではないだろうか。
 
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