現在、北朝鮮の核問題もあり、中国−日本−米国の関係がよりいっそう難しい局面を迎えています。
そこで、今後を予測するための取っ掛かりとして過去に遡り、戦後初の日中国交正常化(田中総理・周恩来総理会談)について調べてみました。
■日中国交正常化とは
日中国交正常化(にっちゅうこっこうせいじょうか)とは、1972年9月29日、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(日中共同声明)の調印式が中華人民共和国の北京で行われ、田中角栄・周恩来両首相が署名し、これによって日本と中華人民共和国とが国交を結ぶこととなった出来事である。日中共同声明に基づき、それまで国交のあった中華民国(台湾)には断交を通告した。(ウィキペディアリンク)
■交わされた裏話
リンクで「−日中国交正常化交渉記録−」が明らかにされているが、そこから抜粋して紹介する。
周総理:日米関係にはふれない。これは日本の問題である。台湾海峡の事態は変ってきているから、条約(日米安保、米華相互防衛条約)そのものの効果も変ってきている。
台湾問題にソ連の介入を許さないという点で、日米中三国の共通点がある。中国側としては、今日は日米安保条約にも米華相互防衛条約にも、ふれずにゆきたい。日米関係については皆様方にお任せする。中国は内政干渉はしない。
田中総理: 自民党の中には、国交正常化に十分の時間をかけろという意見が多い。それは、中国が大きな力で統一されたが、その中国に不安をもっているためである。他の社会主義国は別として中国は日本に対し内政不干渉であるという考えが国交正常化の前提となっている。日本の国内で、中国が革命精神の昂揚をやることはない。日中間に互譲の精神と内政不干渉、相手の立場を尊重するという原則が確認されれば、自民党内もおさまると思う。
周総理: 田中総理の言うとおり、国交正常化は一気呵成にやりたい。国交正常化の基礎の上に、日中両国は世々代々、友好・平和関係をもつべきである。日中国交回復は両国民の利益であるばかりか、アジアの緊張緩和、世界平和に寄与するものである。また、日中関係改善は排他的なものであってはならない。
田中総理: 日本では中ソが一枚岩であるとの前提に立っていた。それは中ソ友好同盟条約や、北鮮とソ連・中国との条約を考慮してのことである。しかし、中ソが一枚岩でないことが、日本人にも理解されてきた。
周総理: 日本は核戦争にはどのように対処するのか?ソ連は核戦争禁止、核兵力使用禁止を提唱しているが、これは人をだますペテンであるから、あばく必要がある。核非保有国がソ連のペテンにかかる恐れがある。27回国連総会におけるソ連提案は危険であるから、あばいてやろうと思う。ソ連の云うことを信ずれば、他の国は、無防備になる。ソ連は自分の手には最大の核を持ち、人には持つなと言っている。米国も中国もともに、ソ連提案に反対することがソ連には判っている。それにもかかわらず、持ち出すのは、米中が同調していると宣伝したいためである。
田中総理: 日本の工業カ、科学技術の水準から、核兵器の製造ができるがやらない。また一切保有しない。
田中総理: 尖閣諸島についてどう思うか?私のところに、いろいろ言ってくる人がいる。
周総理: 尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。
周総理: 台湾問題につき、日本側から話を聞きたい。私は1924年に蒋介石と知りあった。国民党とは2回合作した。また2回戦った。私は50才以上の国民党・政府の要人はよく知っている。今日は秘密会談であるから、何でも言ってほしい。
明日(29日)大平大臣が調印後、記者会見で、日台外交関係が切れることを声明されると聞いたが、大いに歓迎する。田中・大平両首脳の信義に感謝する。中国も言ったことは必ず実行する。「言えば必ず信じ、行えば必ず果す」という諺が中国にある。
田中総理: 我々は異常な決心を固めて訪中した。明日の大平大臣の記者会見で、台湾問題は明確にする。責任を果すためには、困難に打ち勝ち、実行していくという考えを堅持していきたい。日本の政治の責任者として、万全の配慮をし、事後処置についても最善の努力をしなければならぬことを御理解願いたい。
■日中首脳会談(田中.周恩来)の意味 1970年に入ると、日本の頭越しの米中外交に刺激され、日中国交回復が政治課題として急浮上してきた。しかし、日本外交は台湾政権の方を正統と認めてきていたことや、戦前の日中戦争時の賠償問題等々頗る困難な諸問題が待ち受けていた。
日本(田中)としても中国(周)としても、日中間だけでなく、相互の国を取り巻く外圧状況をなんとか打開するために、とにかく国交正常化という共同声明を出したいという思いを感じることが出来る。
そのためには、日中は大同を求め小異を克服すべきであるという思いは一致していた。 |
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