実現論を塗り重ねてゆく
139507 必要なのは可能性の認識
 
熊谷順治 ( 40 大阪 企画 ) 06/12/07 PM08 【印刷用へ
>貧困と抑圧の圧倒的な現実を前にして、強い否定意識⇒と潜在思念に近い感応観念(例えば、自由・平等・民主)を持って社会を「客観的に」対象化した「社会構造」を提示する事になる。当然、その構造認識は極めて一面的で、その上、人類社会の原基構造を成す原始人類⇒猿社会に関する基礎認識が極めて貧弱であり、とうてい社会を統合できる様な代物ではない。(18717)

現代人は、社会問題について思考しようとすると、感応観念や自我観念に囚われ、否定意識から脱却できない。だから、社会問題を「問題」としか捉えられず、○○が悪い、○○を変えなきゃ、で終わってしまう。

自由、平等、平和、愛、個人、個性などの、感応観念や自我観念は現実否定発だから、社会問題を切開できないどころか、まともに対象化さえもできない。

必要なのは、現実(自分・相手・集団・社会)を肯定視できる可能性の認識。「本源充足の可能性が開かれた」という、構造認識である。
 
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