ローマ時代のゲルマン民族を扱った史実書としては、カエサル(前100〜前44)の「ガリア戦記」とタキトゥス(後55〜120頃)の「ゲルマーニア」がある。
当時のゲルマン民族は、既に部族連合を形成するほどに巨大化しているが、狩猟系・遊牧系部族の一端を見ることが出来そうである。(略奪・戦争による集団間圧力の長い年月を経た、紀元前後の時代であり、そのまま、起源の遊牧部族の父系制への転換を類推するのは限界があるが。)
>■ゲルマーニーの体質
>ゲルマニア諸族は、何ら異民族との通婚による汚染を蒙らず、ひとえに本来的な、純粋な、ただ自分みずからだけに似る種族として、みずからを維持してきたとする人々の意見に、わたしも自身も同じるものである。このゆえに......人口のあのような巨大さにもかかわらず、身体の外形が、すべての者たちを通じて同一なのであだろう。鋭い空色の目、黄赤色(ブロンド)の頭髪、長大にして、しかも強襲にのみ剛健な体躯。
(引用:「ゲルマーニア」タキトゥス著、泉井久之助訳注、岩波文庫1979年4月改定版発行、以下も同じ)
ゲルマン部族の婚姻と眷属・相続の部分がある。
婚姻様式は、嫁取婚で、既に父系制に転換している。しかし、嫁方への婚資の内容、母方の集団における子供(甥)の地位等に、母系制の名残が色濃く残っている。
>■婚嫁
>持参品は妻が夫に斉すのではなく、かえって夫が妻に贈るのである。この時、〔妻の〕両親、近親が立ち会ってそれを検する。贈物は、女のもっとも喜びとするものを選ぶのでも、また新婦の髪を飾るべきものでもなく、単に幾頭かの牛、及び轡をはめられた一頭の馬、それに一口(ひとふり)のフラメア(短槍)と剣とを添えたひとつの盾である。この贈物に対し妻が迎えられ、妻はそれに対して、またみずから、武器のうちのなにか一つを夫に斉す。これが最大の結鎖であり、これが結婚の神聖な秘密であり、これが婚姻の守護神たちであると彼らは考えるのである。
婚資の検分が、妻方の両親・近親で行われ、その婚資も家畜と馬と武器である事から、妻方から勇士(同類闘争の戦士)であることが審査されている。
>■哺育・眷属・相続
>姉妹の男子(甥)に対しては、母方の伯(叔)父の許においても、その父方の許におけると同等の敬意が払われる(礼遇が見とめられる)。若干のもの(部族または部酋たち)は、この〔女系的〕血縁関係を、〔父子関係よりも〕より神聖、より緊密なものと考え、人質を受ける場合、進んでこれ(甥)を要求し、あたかもこれらの人質によって、彼らは、〔相手方の〕心をより固く、その一家一族をよりひろく拘束し得ると考えるごとくである。
>しかし、相続者となり、後継者となるのは、各人それぞれの男の子たちである。
眷属(身内としての所属意識)では、まだ、母系制を残存させている。特に、部酋と表現されている指導者に、その意識が強く残っている。
ある部族を支配(服属)させる際は、その部族長の直系の男子を人質に取るのではなく、その部族長の娘の子供(男の子)―つまり、部族長の母系の孫を人質に取るのが、より有効だと意識されていた。
但し、部族内での私有財産は、父系の子供へと相続される。
集団内では、父系制(嫁取と相続)に転換しているが、集団間の関係意識では、まだ、母系制が色濃く残っていると解釈できるのだろうか。
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