市場は環境を守れない、社会を統合できない
126825 収束不全の「消費者」は王様になるしかない
 
小林雅志 ( 41 岡山 営業 ) 06/07/27 PM01 【印刷用へ
>市場時代を通じて、市場を拡大させた主動因は、私権の強制圧力による抑圧からの解脱としての、快美幻想への可能性収束=快適さや便利さの希求である。(30710)

私権の強制圧力が衰弱した現代、消費者の「快美幻想への可能性収束」も衰弱し、結果として消費者は確かに「市場」の中では「王様」になった。しかし考えてみれば「王様」に従っても「市場」の縮小傾向は変わらない。「王様」の力も実は大したことはない。
そもそも「消費者」は何で「王様」になり、要求主義に陥ってしまうのだろうか?

それは私権の強制圧力の衰弱による収束不全の裏返しに思えてならない。
市場の住人であった「消費者」にも潜在的な社会欠乏の高まりがあって、しかし言葉化できず、社会統合の場は劇場型選挙のバカ騒ぎで問題意識にフタをされ、相手にしてもらえるのが「市場」だけだからではないだろうか?
「消費者」を市場から脱出させ、潜在的に求めている「社会の当事者」にしていくことが必要だと思う。
 
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