日本人と縄文体質
108547 西洋の「性嫌悪」と性闘争
 
岡本誠 ( 52 兵庫 経営管理 ) 06/04/05 AM00 【印刷用へ
>ユダヤ教、キリスト教、イスラム教には共通して、「性嫌悪」(セックスは本質的には罪、いやらしいこと、災いのもとであるという観念)と、「処女」「純潔」に対する異常な執着の観念がセットされている。これは想像だが、処女性を重んじる文化というよりは、大陸において過去に繰り返されてきた、女をめぐる血みどろの争いから学んだ彼らなりの知恵のようなものではないだろうか。(14112

「性嫌悪」(セックスは本質的には罪、いやらしいこと、災いのもとであるという観念)と、女をめぐる血みどろの争いとの関係は、どうなっているのだろうか。女をめぐる争いがあるのは、「性(女)はプラス」を前提にしないと成立しないと思われるが、「性嫌悪」と全く逆の観念になっている?

私権私有婚・私有権)の共認を秩序原理にしているので、私権規範(ex.婚前交渉や不倫のタブーetc)で律することになるが、西洋ではこれに止まらず、アダムとイブやパンドラの箱の逸話にあるように、女に対する悪魔視(禍をもたらす厄介な存在との見方)に大きな特徴があるように思う。このことは、私権規範は男の無秩序な性闘争を制御するというより(これもあっただろうが)、女の性的自我を押さえ込む目的のほうが大きかったことを意味しているように思われる。

実際、5000年前のシュメールの粘土板に
>「快楽の為には結婚、よく考えてみたら離婚」「喜びに満ちた心で花嫁、悲しみに満ちた心で花婿」(41063
と書かれているように、男にとっての私有婚の惨状がすでに存在していた。それ程女の性的自我発の暴君ぶりに手を焼いていたのであろう。

その結果、集団が他集団との戦いに敗れてちりじりになったとしたらどうか。生き残ったものは、まずは女の暴君ぶりを敗北の原因として総括するに違いない。このようにして、女に対する悪魔視と、女の性的自我を押さえ込むための私権規範を軸に集団を立て直したと考えたらどうか。男の性闘争発の女をものにする意識とも合致するし(これが性をプラス視する意識)、同時に女を否定視するという一見矛盾する意識とも共存できるのではないだろうか。

しかしこれでは、男の性闘争⇒自我と、女の性的自我(規範があっても完全に押さえ込めるものではない)とのぶつかり合いにしかならず、このことが西洋人を、警戒心発の契約意識や両者を結合させるための幻想観念を肥大化させた人種にした、基礎にあるように思われる。
 
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