本能⇒共認機能⇒観念機能
107043 なぜ、音読は衰退していったのか?
 
阪本剛 HP ( 32 千葉 SE ) 06/03/09 PM08 【印刷用へ
> そのように考えると、聴覚情報への同化が関係性の理解や状況認識と予測、抽象概念の獲得といった観念機能の発達と密接に関わっていることがうかがわれる。そして、現代人が脳を活性化させ、真っ当に観念機能を作動させようとするとき、音読や輪読のもつ効用が浮かび上がってくる。
87702 同化における聴覚の重要性(自閉症の視覚優位から) 石野さん)
 
■ATMのTって?
 銀行などの金融機関のATM(自動支払機)。
 ATMはAutomatic(Automated) Teller Machineの略ですが、Tellerは、出納係の意味です。また、話し手という意味があります。
 出納係を意味する単語が「tellする=話す人」だというのは不思議だと思いませんか?

 実は、かつて、銀行でお金を受け渡しするときは、金額を言いながら(tellしながら)出納係とお客が一緒に確認していたことの名残なのだそうです。

 今は、金額などは紙に書いて渡すのが当たり前ですが、昔は、音読が当たり前だったわけです。政治の投票でも、すべて声に出して数えていて、やはりtellerと呼ばれていました。
 生活全体が聴覚中心だったのです。

■家でも、電車でも音読
 本や新聞は、今では黙読が中心ですが、かつては、すべて音読されていました。

 江戸時代末期から明治にかけての書生たちの勉強の方法は、漢籍の音読、暗唱です。それも、みんなでやる。音読をして楽しむ、遊ぶこともあり、勉強と遊びの区別自体があいまいだったようです。学校や寮といった共同体の中で、連帯感を作る、という意義もありました。

 明治の初めまで、朝、家ではお父さんやお母さんが新聞を音読する、夜になったら本を音読する、それを家族がみんなで聞いている、という光景が当たり前でした。
 電車の中でも音読です。なんと図書館でも、音読です。今なら、クレームになりそうですが、みんなが音読している光景は、現在とはかなり違った空間だったでしょう。

 識字率が低いという背景もありますが、何かを読むということは、共同体の知識の獲得や娯楽であり、共同体的活動だったわけです。
 新聞を読むことも、新聞はあくまで話の材料で、その後、みんなでその中身をめぐって活発にやりとりする、というコミュニケーションがメインだったのです。

■演説から生まれたもの
 音読が高度化していくと、どうなるか?
 その一つの例が、明治の政治演説です。みんなが音読が当たり前の時代ですから、より面白く聞いてもらう、ということで、演説に音楽的な要素、節回しがつきます。政治演説にメロディーというのは、現在の感覚では異様ですが、みんなそれを聞いていたのです。これが、演歌の誕生です。演説の歌だから、演歌なのです。

 後に、炭鉱夫らの労働運動や、社会主義運動が激しくなると、政府が反政府的な弁論を取り締まるようになります。すると、演説は、次第に政治色を失い、叙情的な内容になっていきます。現在の歌謡曲の原点です。
(最初の演歌と言われている「ダイナマイト節」は、不平等条約解消の歌だそうです。)

 また歴史を遡れば、古典の詩や文学が、韻や文字数に非常に気を配っているのは、音読したときに、いかに相手に聞こえるかを重視していたから(=読書が共同行為だったから)です。
 ほんの最近まで、いかに自分が早く読むか、効率的に読むか、という価値観は存在せず、文学の歴史のほとんどは、みんなで声に出すことが中心課題だったのです。

■なぜ、音読は衰退していったのか?
 これほど、盛んだった音読ですが、大正には、ほとんど消滅してしまいます。
 音読が衰退していったきっかけはなんだったのでしょうか?

 明治になって、登場した人々の一つに、学生、とりわけ大学生があげられます。
 東京の図書館は、勉強する学生たちで埋まっていたそうです。彼らは、勉強するときは、音読ではなく、黙読でした。シーンと静まりかえった図書館、の誕生です。初めてこの光景を目にしたある人は、「まるで、人がいないみたいだ」とびっくりしたそうです。

 当時の学生は、高級官僚の卵であり、少数のエリートです。彼らが蓄積していった知識、教養が、エリートの証明であり、他の人々との階級や序列の差、周りの人間との差を生み出すものでした。
 自分たちだけが、それを知っていることに意味があったのです。 

 また、公での音読と声によるやりとりをする場が消えたこと、書物の中心が政治的なものから個人の心理へ変わったこと(明治以降、一人称の小説が増えていきます)も、音読を衰退させた原因の一つだと考えられます。

 活字を読むことの目的が、周りのみんなに発信することから、自分の勉強や教養の蓄積に変わるという、みんな課題から個人課題への転換。

 日本での音読から黙読の転機は、このあたりにありそうです。

※上記のような音読の文化は、世界中にありました。例えば、19世紀のキューバの工場では、さまざまな書物の朗読会が盛んに行われ、繰り返し聞いた書物の一説を暗唱できる労働者の姿が見られたそうです。

資料:
音読と黙読
リンク
音読、朗読そして黙読
リンク
「音読から黙読へ─近代読者の成立」
リンク
明治の声の文化
リンク
雑誌と読者の近代
リンク
〈読書国民〉の誕生:明治30年代の活字メディアと読書文化
リンク
 
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220666 黙読は当たり前じゃなかった!! チウエ* 09/11/28 AM00

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