恋愛って、何?結婚って、何?
105886 要求需要を残存させる旧観念。新需要(媒体需要)には何が要る?
 
谷光美紀 ( 33 愛媛 経理 ) 06/02/17 PM08 【印刷用へ
『必要か否か』

個人的な消費場面において、この認識は本当に欲しているものなの?充足できるの?と自らに問いかけることができ、非常に有効であると感じています。また、市場も実態としてはすでに共認原理で動いているので(73876)、可能性があることも分かります。

しかし、どうも社会空間において、必要か否か?の意識でもって、現在の無駄な消費活動を止められるのか?といえば、何かまだ足らない気もするのです。

>生産者が「不全を感じている消費者を可能性がありそうな方向」に誘導しながら、でもその不全を解決する「答え」を何も示せないからだ。年々高まる社会不全を課題化できれば、その解決はそのまま「求められているモノ」だと思う。みんなが求めているにも関わらず、まったく誰も手を付けていないこの領域は、非常に起業がし易い状態だと思う。56486

ここを読んで、あぁ、『必要か否か』の判断軸も、本能・共認レベルではかなり作動してきているのだけれど、観念領域においては未だ不十分ということなのかも?と思いました。

つまり、何か違和感がありながらも無駄な消費活動が続いていくのは、みなさんご指摘のように旧観念(福祉とか権利とか)という要求需要を正当化する観念があるからです。一方、新しい消費(媒体需要?)や生産のあり方については、それに対抗できる「答え」がまだぼんやりとした状態だからなのではないでしょうか?だから、可能性ありそう・・・へは導くけれど、要求需要を退けられるほど頑強ではない・・。

収束不全への明確な「答え」が求められている。違和感や可能性を言葉にする、旧観念を答えにならないと切り捨てられる、それができる構造認識の発信がここでも必要なんだと思う。

 
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