否定脳(旧観念)からの脱却
104741 国家が宗教に依存するのは何で?
 
雪竹恭一 ( 43 大阪 営業 ) 06/01/28 PM10 【印刷用へ
私権国家は宗教に依存することなしには存立することができない。それは何も古代国家に限ったことではなく、現代の国家についても言えることである。民主主義に代表されるような近代思想を近代の宗教と捉えるならば、近代国家も例外ではない。民主主義も現実否定に基づく頭の中を代償充足させるだけの美化観念であり、そうであるが故に実現された試しのない観念であるという点では古代宗教と構造的に同じである。

そうなってしまう理由は、大雑把に言えば、国家とか社会といった人工肥大集団は、最終的には観念でしか統合できないという理由によると思われるが、その観念がなぜ宗教であったのかという点が追求してみたい問題である。

それは、これまでの私権国家が序列原理で統合される集団であり、序列統合の統合限界(武力による強制圧力だけでは統合できないという限界)を超えるために宗教的観念が必要とされたということになるのであろう。しかし、より根本的に考えると、人間は一時たりとも共認充足なしには生きてはゆけない生き物であるという点にその理由があると思う。

私権闘争が必然的に生み出す支配や差別、搾取といった否定的現実(共認不全)に対して、せめて頭の中だけでも代償充足をしたいというのが、多くの人々が宗教に救いを求めていった理由であったのは間違いないと思う。しかし、宗教がたとえ代償観念であったとしても、あるいは、私権の強制圧力でどれだけ迫害や弾圧にあったとしても、歴史的・世界的に脈々と信仰が受け継がれてきたのは実に注目されるべき点である。宗教は麻薬であるという言葉もあるが、それくらい人々の失われた本源価値に対する共認充足の想い、共認収束力は強かったのだと考えていいだろう。

私権闘争(及びそれを生み出す自らの私権欠乏(下半身の本能的欠乏))の現実は不動のもの、変革不可能なものであり、そのような現実は否定できないが故に、宗教は現実逃避の代償観念でしか在り得なかった。それは生存圧力が絶対であり、万人が私権を共認してしまった状況下では不可避の必然的な構造であったかも知れない。しかし、見方を変えれば、それはある意味では生きるために仕方のなかったことであり、人類が脈々と追い求めてきたのは本当は共認充足の方であったのではないだろうか。やはり人間にとっては本能的欠乏よりは、共認欠乏や共認欠乏を充足させるための観念の方が収束力が強いと言ってもいい。だからこそ、人々は自主的に宗教を共認したのであり、だからこそ、国家も宗教に依存しなくては統合できなくなってしまったのではないだろうか。

そのような観点で考えれば、生存圧力を克服した現代、人々が共認充足を現実のものとできる可能性に収束してきているのは、人類進化の必然であると言っていいと思う。だとしたら、宗教的な代償観念を現実に立脚した実体観念⇒構造観念・事実観念に置き換えてゆくことが何よりも求められる。そうすれば、新しい国家(国家を超えた社会統合機構)は宗教的な観念に「依存」するというよりは、「実体観念のもとに統合される」という本来の観念統合のあり様に変わってゆくであろう。
 
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