>劣化収束しない為の唯一の方法は社会期待を捉える事である。
そしてそれが捉えられているか否か自分ではわからないから、社会空間への発信が必要であり、投稿が必要になる。103265
この事を応用して実際の仕事場面で何かできないか考えてみた。
劣化収束をどうするか?これをテーマに、今日はいつものなんで屋の仲間と話をしていて面白いアイデアが出た。
現場ブログを作ってみたら?である。
私は設計事務所として今、建設現場の監理の仕事をしている。
建設現場は様々な人が関わる。私の周りにはお施主さん、施工業者(ゼネコンさん)だけでなく職人さん、関係メーカー、お役所の人、近隣さん等多くの人が関わっている。多い現場だと1000人を超える時もある。小さな社会空間だ。
しかし実際は仕事を進める上では、その内のほんの一握りの人としか関係を持ててない。それも業務連絡に絞り込んだ伝達、調整が大半である。共認充足とは程遠い。指揮系統に乗っ取って業務を進めるという事はそういうことである。
しかしながら建設現場ではいい建物を作るという大きな課題共認がある。施主から、ゼネコンさん、職人さんにいたるまでそれが本当の意味で共有され貫徹された時は確かにいい建物ができあがる。そして何にも増して、建設が終わったときにやり遂げた充足感をみんなの期待の賜物として感じ取る事ができ、非常に活力が出る。
私もこれまで何度も経験してきた。課題共認から役割共認、そして評価にいたるまで十全に機能していた時代の話である。
しかしここ最近その充足感から程遠いと感じている。
品質管理すれすれの施工、お金を巡っての丁々発止のやりとり、何にも増して課題がものすごく複雑になり、施主も監理者も、ゼネコンも答えを出せない、先が見えない状況に陥っている。そんな状況にも関わらず期限圧力、コスト圧力は絶え間なく加わり、待ったなしの状態から焦りに繋がり、施工ミス、設計ミス、施主のクレームと気が付くと劣悪な成果になる事がある。
そこでは、いいものを創ろうという課題共認は物件中途で霧散してしまう。この間の姉歯問題が決して他人事といえないところがそこにある。
この焦りの構造→劣化収束を逆転する鍵はどこにあるのか。
やはりここでも、社会は序列原理→共認原理へ転換しているという時代認識は有効だ。
そこで冒頭の私自身の前回の投稿の社会期待の捉えなおし→社会空間への発信というキーワードに繋がる。
現場は小さな社会であると最初書いたが、しかしこの社会は閉じたそこだけの社会である。それは必然的に密室空間としての性格も持っている。私権社会の枠組みが突破できず、課題共認が進まないのはそこの密室性にあるのではないか?であれば思い切って全てを社会に開いてしまえばいい。
例えば簡単にできることとして監理者は「現場ブログ」を着工と同時に立ち上げる。
そこにその日あったこと、この建物で実現したいこと、具体的には明日の検査の事、さらに施主さんと打ち合わせして出てきた内容、突っ込んだ技術論等を書き込んでいく。現場の関係者には開設と同時にお知らせしておいて、読んでもらい、できれば書き込みをしてもらう。ブログは誰でも見れるので現場関係者だけでなく、関係者の家族や会社の人、同業者の人も見れる。ブログを中心に課題が共認でき、まさに当初のいい建物を作っていこうという共認はまっとうに機能し始めるのではないか?(どうしてもオープンに出来ない内容は一部パスワードで見れるシステムを組み込む)
まず、そんなしくみがあればどうだろうか?非常にアイデアレベルだが、可能性はあるように思う。そしていくつかの現場ブログが立ち上がれば相互に意見交換やリンクを張る事でさらに拡がる”まさに社会”というあたらな地平が見えてくる。
最初は慣れずに投稿が集まらずとまどう事もあるだろう。しかし、軌道に乗ればそのブログがみんなの活力源になっていくことは明らかだ。
監理者はそのブログの運営をしていく。共認原理を使って現場をまとめていくということは、意外とそういう事なのかもしれない。
焦りの劣化収束から共認収束への転換、それは最初の成功体験から始まる。
現場運営で苦心している監理者達へ、このアイデアいけそうでしょうか?
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