<今、まさに必要なのは安心して生きていける社会インフラ=規範の再構築であり、それは共認原理でしか構築できない。
これは一体何どういうことなのかを少し考えていました。
例えば、官から民へという動きがある中で、その両者で何が違うの?ということが漠然としているように感じます。
その中で、民間へのシフトによって生まれるメリットとは、サービスの高度化とその精度の上昇であると捉えます。
例えば、民間で冷蔵庫を商品化する際には、より消費者ニーズに合わせた構成を企画化する。
冷凍庫は下の段の方が良い、野菜室があったらいいとかという発想は、「冷えたらいい」という冷蔵庫の元来の機能からのサービスの高度化、精度の上昇になるのではないかと思うのです。
彼らがそうする理由には、まさしく競合他社との競争であり、そこに圧力が生じているため、ニーズに対してのサービスの高度化と高精度を保たなければならないはずです。
しかし、一方で市場原理の中では自らの商品が売れることのみが条件であり、それを超えた(この場合は冷蔵庫を越えた)社会性、社会的課題、ニーズへの回答という視点は欠落しているでしょう。最近まではそれが粗大ゴミでも、環境的な負荷が大きくても、知ったことでは無いということにおいても。
彼らの判断軸は専ら法律を侵さずに、如何に売れるか、売れないかだけ。限りなく、課題を劣化させたことに対しての答えでしかないわけです。
売れればそれでいい(市場原理)。そうした自分本位の考えに対して、社会として今後どうあるべきかというものを、市場原理を超えてつくらなければならないものではないでしょうか。法律を侵さなければいいという規範では限りなく弱いということでしょう。
そうしたときに、
<<今、まさに必要なのは安心して生きていける社会インフラ=規範の再構築であり、それは共認原理でしか構築できない。
そうすることで、それは法には触れないけれど、「まずいよね」という圧力と意識ができるように感じます。
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