最近のテレビ、新聞で話題に上がっている、建築物の構造計算書偽
造問題。建築士が建物の構造計算書を作成し、国が指定する民間の検
査機関や役所がこの書類を審査することになっている。
偽造した建築士の問題は当然としても、それを審査する検査機関の
自己弁護・自己正当化の発言にも驚かされる。
私も建築設計にたずさわる立場として感じることだが、2000年の建
築基準法の改正により建築図書(図面等)の検査機関が役所から民間
に開放されてからは、全体的に民間の審査は楽であると実感する。と
いうか、あまり中身をチェックしない検査機関もあるのである。その
ため、あの検査機関は通り易いという評判までたつ。結果として、そ
の審査機関には多くの物件が申し込まれたりすることにもなる。
JR西日本の問題でもそうだが、私権圧力・制度という枠組みのなか
で、自社のノルマ・シェアーを拡大することを目標としている以上、
官から民への流れは、みんなという視点では弊害にさえなる。官から
民への思考はそれだけでは限界がある。
結局、大切なことは皆が期待しているものをどう捉え、それに答え
ること。そしてそれが評価される社会=共認が実現できるかによるの
だとあらためて思った。 |
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