企業を共同体化するには?
100466 すべては「実現できるかどうか」にかかっている
 
矢野悟 ( 24 高知 会社員 ) 05/11/06 PM08 【印刷用へ
>何故かいつも、創ってゆく側よりも期待する側・批判する側が立派なことをしているかのような印象を受けるのです。
そして結局、批判している方が居心地いいから、みんなその立場に留まるだけになってしまったり、その反論こそが発展にとって重要であるかのように錯覚してしまって、前に進んでいかないのではないでしょうか。 (3634 西さん)

 この投稿は、すごく実感することができた。

 まず、誰かが仮の仮でもいいから青写真を作る。「評価は言葉になったものに対して向けられる」と上記の西さんの投稿にもあるように、評価を受ける具体的な形がなければ何も始まらない。それに対する批判や対案が出てきて、塗り重ねられていく中で、最終的な構想が出来上がる。それ自体は何の問題もない。

 問題なのは、案は出るけどそれが実現しないという事。批判は、本来は何かを実現させる、前進させるのが目的のはずで、そうでなければ何の意味もない。実現できない案を垂れ流すのに留まってしまうと、「結局どうすればいいのか?」という「悩み」に埋没してしまい、本当にやらなければならない課題がどんどん流産していく。

 つまり、実現に向けての行動が貧弱、腰が重いということ。「やらないといけないよなぁ」止まりで、形に出来なければ、前進感など感じられるわけもない。そして、前進感のない課題はますます閉塞していき、担当の活力は下がり続ける。

>「反論や希望は誰でも言える、だけどそれを実現する人がいないから何も良くならない。」(同上)

 「こうありたい」という希望であってはならない。すべては「実現できるかどうか」にかかっていると、もう一度心得たいと思う。
 
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