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  るいネットメールマガジン【 る い 】NO.155 [2005.10.4]

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1  今週の注目投稿
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★ 社会統合お題より、「何で新理論(構造認識)が必要なの? 」についての
  議論をご紹介します。
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◇ 何故注目度が決定的に重要になったのか? 
          【北村浩司 (壮年 滋賀 広報) 05/10/02 AM00】  
 
  現代は「注目されれば勝ち」という時代である。そして注目度は
  メディアへの露出度によってほぼ決定される。実際ライブドアの
  堀江氏は世間の耳目を集める行動を意識的に演出し(プロ野球・
  テレビ局の買収、そして今回の選挙出馬)、それによってライブ
  ドアの知名度を上げ、株価を上昇させている。
  
  また芸能人は例えば離婚や愛人騒動等一般的にはマイナス評価に
  繋がりかねないような事でもテレビに取り上げられることで注目
  度が上がり、出演料が吊り上って行く。
  
  更に今回の選挙における自民の勝利もその背景にマスコミへの露
  出度=小泉の注目度の高さがあったことも明らかである。それら
  の事例に留まらず、現在は評価以前の注目が決定的に成ってしま
  った時代と言える。

  共認動物であるサル・人類は仲間の共認を羅針盤にして行動を決
  定しているが、その中でもとりわけ評価共認が羅針盤となってい
  る。つまりどう行動するかの探索は評価共認によって方向付けら
  れる。ところが現在はそれが注目共認に支配されている。これは、
  どういうことであろうか?

  現在は収束不全の結果答えの見えない時代である。皆が無意識の
  内に次の方向性を探索しているとも言える。しかし現在は「答え
  が見えない」と言うことは、評価共認の前提となる評価基準即ち
  旧観念・価値観念そのものが相当にぐらついている時代でもある。

  おそらくその中で現在人々は、同じく収束不全(本能不全)に陥
  った原猿時代の回路を使っているのではないかと思う。事実原猿
  時代の共認機能形成の過程を辿れば先ず相手注視(注目)があった。

  >不全課題を抱えて依存収束した弱オスたちは、依存し合う中か
  ら、「どうする?」⇒「どうにかならないか?」と可能性を相手
  に求め、互いに相手に期待収束してゆく。
  (参照 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=4#05 )

  現在人々は答え探索の中で無意識に、この評価共認以前の注目共
  認に後退収束しているのではないだろうか。答えが見えない中で
  取りあえず人々が注目していることを行動や判断の羅針盤にして
  いると言うことではないだろうか。これは目先収束とはいえ、答
  え探索の半顕在化現象とも言える。

  しかし収束不全は最終的には答え=観念によってしか突破できな
  い。目先に振り回される現在の状態から正しく評価共認を機能さ
  せる上で必要とされるのは、本来の評価基準=「構造認識」なの
  である。 
  
  全文 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=98338 
  ---------------------------------------------------------------
◇ 分かり易い言葉=誤魔化しの言葉 
       【鈴木龍也 (41 千葉 建築設計) 05/09/28 AM01】  
  
  先日のなんで屋劇場で、分かり易い言葉=誤魔化しの言葉という
  話があった。
  子供の頃、大人たちや教師から難しい言葉で煙に巻かれた経験は
  あったが、分かり易い言葉が誤魔化しというのも非常に興味深い。

  分かり易い言葉というのは、要は価値対立の起こらない言葉であ
  り、誰もが認める言葉のことである。だから、共認しやすいので
  はあるが、そこに落とし穴がある。

  我々を取り巻く諸問題のほとんどは、私権原理から共認原理への
  転換というパラダイム転換によって、近代思想に基づく現在の観
  念群(言葉)がまったく役に立たなくなったことによって、引き
  起こされているのだと言っても良い。

  例えば、福祉という観念(言葉)が、そこに税金をつぎ込むこと
  を正当化し続けているため、財政赤字が膨らむ一方であることを
  明快に指摘させないでいる。
  福祉という観念(言葉)が欺瞞であることを理解すれば、
  (参照 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=84309 )
  高齢化問題についても、老人の役割はなんだろうというまともな
  議論に向かえるはずなのだと思う。 
 
  しかし、福祉という言葉を否定することに対する価値対立、即ち
  己の私権を否定できないから、福祉は欺瞞という新しい観念(言
  葉)をわかりたくない。故に、何故福祉は欺瞞なのかという議論
  はわかりにくいと拒絶する。

  つまり、答を出せない原因そのものを「わかりやすい」と評価し、
  答を出すべく考えることを「わかりにくい」という本末転倒の構
  造が存在する。

  特にマスコミなどの共認形成の発信者を中心に、「わかりやすい」
  ことが非常に重要であるかのような価値観、つまり、「わかりや
  すさ」が価値観念化していることも興味深い。

  しかし、ちょっと考えてみれば、誰も答を出せないような難しい
  社会問題を「わかりやすい」言葉で語れるのであれば、とっくの
  昔に社会問題など解決済みとなっているのではないだろうか?
  マスコミの「わかりやすさ」を求める姿勢などは、実は現実の問
  題を誤魔化し、全ての問題に答を出させなくしている元凶である
  と考え直さなければならない。  
 
  全文 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=98019 
  ---------------------------------------------------------------
◇ 誤魔化しの充足報道と、その最後 
      【岡田淳三郎 (60代 大阪 経営) 04/06/05 PM09】  
 
  問題は、小泉の詭弁に飛び付く誤魔化しの風潮が、どこまで続く
  かである。
  答えを出せない以上、誤魔化すしかないので、目先、無難な誤魔
  化し充足の風潮はしばらく続くだろう。この誤魔化し充足の風潮
  にマスコミが乗り、(一部の)学者が乗れば、根本問題は完全に捨
  象されて終う。

  しかし、より大きく捉えれば、収束不全⇒みんな収束の共認圧力
  を受けた目先の秩序⇒国家(力の現実)収束とは、答えを出せない
  が故の根本問題を捨象した既存意識の誤魔化し正当化であり、そ
  れは私権意識に残された唯一の逃げ道である。
  しかも、その方向は、みんな収束の収束先である共認原理と根本
  的に背反しており、従って誤魔化しの国家(=力の現実)収束を強
  めれば強めるほど、国家赤字や年金破綻、あるいは教育の崩壊や
  性の衰弱etc社会矛盾が激化してゆく。

  しかし、いかに目先の秩序収束⇒国家収束であるとは云え、それ
  が収束不全⇒社会収束のひとつの顕れであることには違いはなく、
  従って彼らは激化してゆく国家破綻や社会矛盾をそっくり捨象し
  て終うことは出来ず、ひたすら誤魔化し続けるしかない状態に追
  い詰められてゆく。

  目先の秩序収束の潮流に乗って、支配層の3/4と庶民の1/2は小泉
  の誤魔化しのパフォーマンスに飛びついた。今後しばらくは、こ
  の誤魔化し充足の風潮にマスコミ(や一部の学者)が乗り、ますま
  す根本問題の本質追求は捨象されてゆくだろう。

  しかし、共認形成の場を支配するマスコミ(や政治家や一部学者)
  の発信内容が誤魔化し一色になり、国家破綻や社会矛盾が激化し
  ていくのに本質追求はおろか本質批判さえ出てこなくなった時、
  過半の庶民(と良心的な知識人)の間に、「何かおかしい」「これ
  は危ない」という危機感と、発信者への不信感が広がってゆく。
  その時はじめて、(なんで屋の共認運動を契機に)路上や仲間内で
  の答え探索の潮流がはっきりと顕在化し、勢いを増してゆくこと
  になる。  
      
  http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=73071
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