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  るいネットメールマガジン【 る い 】NO.136[2005.5.11]

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        メルマガ 【 る い 】  NO.136 [2005.5.11]
            http://www.rui.jp/

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1  今週の注目投稿
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★ 幼少青荘老お題より、「高齢者の役割がある筈」についての
  議論をご紹介します。
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◇ 誰もが活力のある生き方を望んでいる。 
       【丸一浩(40歳代 滋賀 農業)】 
 
  >「昔はおじいさんになっても、おばあさんになっても働いていた
  ということを聞いてとても驚きました。でもホッとしました。云々」
  
  >子供が感じたホッとしたという感覚は、高齢者が何の役割もなく
  生きていることへの違和感、あるいは高齢者でも働いていた方がい
  いという感覚を子供も持っていることの現われだと思いました。
  (参照 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=85608 ) 

  以前、近所の80歳の農家のおじいさんから法蓮草を仕入れていた事
  がありました。当時は、発注量も多く、商品化に対する注文も多く
  て、かなり無理なお願いをしていたのかなぁ…と思っていました。

  そのおじいさんが、突然、体調を崩し、数日後に亡くなって、お葬
  式に出させていただいたのですが、その時、おばあさんや家族の方
  から、”本当にありがとう。いつも注文をもらって、嬉しそうに畑
  に出て行って、仕事をしていた。だから、長生きできたし、苦しま
  ずに逝けたんですよ。”という話をしていただきました。
  
  田舎の農家では、80歳になっても90歳になっても元気に仕事をして
  いる人が多いし、畑で野良仕事をしながら亡くなる、或いは、ちょ
  っと体調が悪いと言って休んでそのまま数日で亡くなる、というこ
  とが多いです。
  葬式の時、家族や周囲の人達は、そんなお年よりに対して”亡くな
  ったのは寂しく悲しいけれど、天寿を全うした、大往生だった。”
  と言って安心して見送っておられます。

  また、これとは全く逆の経験もあります。80歳になろうとするおじ
  いさんと畑で話していた時”今年は茄子を300本植えて、胡瓜も500
  本植えるぞ〜!”と言うので”もうトシなんやから、無理せんと100
  本ずつだけ植えとき。去年も失敗したやろ!!”
  その前の年も同じような本数を植えて、手が回らず、ほったらかし
  になっていたのを知っていたので気を使ったつもりで言ってしまい
  ました。
  その時は”う〜ん”という返事だったのですが、後から周りの人か
  ら聞くと、その後1時間ぐらい畑の隅にへたり込んで、”もう年な
  んかな〜”とうなだれていたそうです。
  今でも申し訳ないことを言ってしまったなぁ〜、と思っています。

  高齢者・・・田舎で生活し、農業をやっていると本当に感じるので
  すが、活力を持って農業や農地、地域社会を維持し、築いてきた人
  達、いろんな知恵や経験を持っている人達、だと思います。感謝す
  べき事、教えて頂ける事、つまり、期待する事はたくさんあると思
  います。
  また、親や大人が子供達や若者に期待する事=”充実した、活力の
  ある人生を生きて欲しい”という願いは、高齢者に対しても同じだ
  と思います。
  現代の福祉が標榜する”特に期待される事が無く、自分のやりたい
  事だけをやっていられる生活”は決して高齢者の望む姿ではない。
  前述した後者の例と同じように活力を奪う犯罪行為のようなものです。

  子供や若者から老人まで、みんな、ちゃんとした課題や役割を担い、
  一生懸命期待に応えようとする事でしか、活力のある生き方はでき
  ないのだと思います。
 
   全文 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=90129
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◇ 高齢者の活力再生 
      【庄恵三 (50代 神奈川 営業) 05/05/10 PM09】  
 
  今世間では「2007年問題」を巡っての話題が盛んになりつつあり
  ます。2007年問題とは、戦後の高度成長を支えて来たといわれる
  所謂団塊の世代「通常’46年(昭和21年)〜’50年(昭和25
  年)生をいう」のうち、最も人数の多い’47年生まれが定年を迎え
  ることで、社会に色んな影響を与えることをいいます。

  例えば相変わらず都心ではオフィスビルの大量供給が続いていますが
  団塊の世代が大量に退職することで、オフィスビルにいずれ大量の空
  室が発生し、賃料が暴落するのではないかとか、更に大きな問題は、
  懸念されてきた大量の年金受給者の発生が実際に起きることでいよい
  よ年金の破綻が現実化すること。
  また、まだ働けるにも拘らず大量の働かない層が大量発生する可能性
  があること。(これは高齢者の求人数が圧倒的に少ないことと、高齢
  者の職業への選り好みと双方の問題がありそうです。)
  
  もう一つの大きな問題はいよいよ老人介護の問題がその後10数年す
  るとピークを迎える段階に入ること。
  又もう一つの大きな問題は製造業において、高度成長の土台を作った
  基礎技術や技能が継承されずに、技術の空洞化が発生することです。
  
  一方では、通勤ラッシュが緩和されるとか、比較的所得の高い高齢者
  の懐を当てにした新市場の開拓が期待されるとか色々警鐘と期待が語
  られている。
  これらの中でもこの1000万人を超える団塊の世代にとって最も深
  刻な問題は、運良く希望の職場に再就職できた人を除いて、今まで何
  らかの組織や集団で担ってきた役割を退職後パッタリと喪失すること
  です。
  特にこの層は幼年時の貧しさ体験をテコに高度成長時代を仕事人間と
  して働いてきた人たちが多いだけに、その役割喪失による虚脱感は大
  きく深いと思われる。

  自分の周りにも、定年後老人ホームを回って慰問するために、やおら
  手品教室に通いだしたり、魚釣りのグループに入ったり、或いは地域
  の町内活動に精を出したりする人を良く見かけるようになった。一方
  では、勇躍中国に単身赴任し、現地の工場で中国人に自分の培った技
  能を伝授することに第二の人生を掛ける人もいる。
  高齢者も可能性を求めて彷徨っている。

  しかし高齢者の生きる場が、日本では趣味世界かせいぜい慰問や町内
  会というのではあまりに寂しいし、恐らくそのままでは現在も増えつ
  つある高齢者の自殺率は確実に増加する可能性があるし、何より社会
  の活力を削ぐことおびただしい。

  その一方で、子育てや、教育、製造業の現場、コンピュ―ターソフト
  開発の現場(一説に寄れば‘02年に起きたみずほ銀行の口座振替シ
  ステムダウンは、複雑なシステムの全体像を見渡せる人材がいなくな
  ったことが要因であり、これが一連のシステム障害の底流にあるとい
  う。)等、あらゆる領域で「円熟」した経験知や技能が求められている。

  しかし実際にそのような現場で次世代へその潜在知や技能を継承して
  いくためには、団塊世代にありがちな「否定視」や、「既定視」(自
  分の体得したやり方考え方に固執する態度)を取り除かなければ、受
  け入れてはもらえないだろう。
 
  役割を求める高齢者に今必要なのは、生涯学習文化講座や起業セミナ
  ーなどではなく、他人に期待し応えることこそが最大の喜びであると
  いう「活力再生の基礎学習」的機能では無いだろうか。
  その活力再生の基礎を獲得できるのが否定視と既定視を超え、次代に
  必要な認識を得ることのできる実現論であろう。
  
  >だから、もっともっとなんで屋露店等に年配の方々が来て、構造認
  識を得てもらえれば、社会の活力も再生できます。さらに円熟した知
  恵を加えて新しい認識をつむいでいくことが出来ると思います。露店
  は若い人や中年の方々はよく来てくれていますが、そこに年配の方々
  が加われば、それこそ新しい共同体社会の形成基盤になると思います。
  (参照 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=88961 )

  露店には大いに期待したいが、露店のみでは高齢者への接触機会があ
  まりに少なすぎる。現在、高齢者の技能や知識を社会へ還元しようと
  するNPOの動きもあるが未だ広がりに欠ける。恐らくその原因は単に熟
  練技能工や専門家の不足解消を図ろうとする求人側と、職を求める高
  齢者という雇用問題に留まっているからではないかと思う。
  
  大事なのは高齢者が自らを社会のお荷物と自嘲せず、どんな領域でも
  役に立てれば嬉しいと思えること、その場が探せばあるんだと思える
  こと。今後の社会事業の発掘という観点からも、高齢者を対象とした
  「活力再生のための構造認識」講座と仲間作り事業は潜在需要が大きい。
 
  全文 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=90405
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