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  るいネットメールマガジン【 る い 】NO.131[2005.3.8]

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★ 社会統合お題より、「どうしたら新概念を使いこなせるようになるの?」
  についての議論をご紹介します。
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◇ 新概念を使いこなせるには「できる」が先ではないか? 
       【呉珍之 (20代 杭州 デザイナー) 05/03/01 AM00】  
 
  大体子供はできるが先、大人は分かるが先ということですが。

  中国古代の教育は、子供が「私塾」という学校のような場所にいって、
  知識やマナーなどを学びます。
  講義の中の大半の内容は「論語」、「三字経」、「唐詩・宋辞・元曲」
  etc.を生徒を暗記させることです。完全に暗記するまで、こどもが声
  を出して何回も繰り返して読みます。しかし、意味に対して、理解で
  きるとは言えないです。
  その後の生活経験や勉強の重ね積みにつれて暗記した内容と繋がりが
  できて、そのときに、始めて意味が分かったということです。こうい
  う教育方法で、覚えてきたことは一生忘れないと思われています。

  今の中国の教育は理解が先、とにかく理解できてから、できるはずと
  いう方針です。でも分かることとできる、使いこなせることの間にか
  なり距離があります。

  たとえば、私の世代の感覚として、試験終わったとたんに、さっきま
  で覚えていた授業の内容をもう忘れてしまいました。でも親の世代の
  人たちはこども時代に学んだことを未だにはっきり覚えています。
  高校の数学の公式などを母は今まではっきりおぼえているし、計算も
  すばやくです。父も学んだ歴史や文学などを今でも使えるようです。

  もし私だけ忘れがちだったら、それはただ自分の問題です。でも同じ
  世代の人がそういうことがあるから、今の教育はいけてないと思いま
  す。

  現代の教育は、子供の自主性や理解力を引き出そうとしていますが、
  それはこどもの特性が忘れています。子供は真似する力や記憶力が大
  人より進んでいるから、まず一杯覚えさせて、頭の中に繰り返し、そ
  して心の奥に染み込んでいきます。

  今のなんで屋新概念の勉強はまさに、声を出して輪読する、頭のなか
  に繰り返す、露店で師匠に真似する、他の人に伝える、心の奥に沁み
  込む、さらに生活の隅々まで活用するという過程になっています。
  勉強する人は大人でももともと持っている真似する力、記憶力が活性
  化させ、長期記憶の回路を太くなってから、新理論も心の奥までに沁
  みこむ、定着することが出来ると思います。

  新概念の勉強や学校の教育もまずやらして、経験させて、出来てから、
  真の分かるが出来るでしょう。 
     
  全文 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=86541

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◇ 「違和感」は「理論追求問題」 
        【平賀崇之(28 茨城 教育) 05/03/07 PM02】  
 
  日々生活する中で様々に生起してくる違和感。
  その違和感を、単なる違和感として捉えているだけでは「新概念」を
  使いこなすことはできない。

  違和感とは「理論追求問題」なのではないか。

  潜在思念の地平で感ずる違和感。
  生起した違和感には必ず原因構造が存在する。
  そしてその違和感の原因構造を掴み新たな実現基盤を発掘することで
  意識は統合される。そして、原因構造を掴むためにも、新たな実現基
  盤を発掘するためにも『新概念』はとても便利な道具である。

  そう考えると、違和感こそ新概念供給の第一歩となるのではないか。

  「感じた違和感を『新概念』を使って構造化する」という部分を規範
  化していれば、日々生起してくる違和感の度に「新概念」に触れるこ
  とになる。そして「『新概念』を使って構造化された認識を発信する」
  という部分を規範化することで「新概念」に潜在思念の地平で同化す
  ることができる。

  「違和感」→「構造化」→「発信」→「更なる構造化」

  が新概念を使いこなせるようになるための一つの流れであると感じる。
 
  全文 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=86912
 
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◇ 「わかろう」とするのは肯定視できないから 
     【太刀川省治 (44 大阪 建築士) 04/05/12 PM10】  
 
  >実現論をはじめ新しい認識はもちろん深く理解することは必要だ。
  しかし分かる事と使う事(=できる)が逆転しているのではないかと
  思い始めた。使う事ができて後から分かっていく。
  それが自分発の理解の悪癖をも突破する一つの方法のような気がする。
  (参照 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=71730 )

  新しい認識は旧観念のように言葉だけで充足するお題目ではないから、
  普通に読み流しただけでは理解できない。旧観念を全部捨てなければ、
  理解できないし吸収しない。
  なのに「わからなければ・・・」「理解しよう」と思い、根を詰めて読ん
  だりする。それが存外に苦しい作業だったりする。それって自分の潜
  在意識に肯定視できない部分を残している事の証しなのだと思う。

  無垢な幼児は新しい事物に対して疑問視する観念など無いから、なん
  であれいきなり真似をして、吸収する。そしてすぐに誰かにそれを知
  らせ、共感してもらう事でさらに肯定視を強め、定着する。本当の意
  味を理解するのは何度も使ってからの事だ。

  観念で肯定視に転じる事はナカナカ難しい。そこで「わかる」ことは 
  いったんタナ上げにして、真似をして使ってみる。
  みんなの反応を得て新認識の有用性を共感することが肯定視を可能に
  し、幼児と同じところまで来る。

  まず真似をして使ってみる。それが共感⇒肯定視⇒吸収⇒理解へとつ
  ながる一番の近道なのだと思う。  
 
  全文 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=71847

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